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Part.3では、コンピュータでの編集になって変わったこと、
時代劇の立ち回りを編集することなどについてうかがいました。
今回は、その流れから、東映京都撮影所への思いなども語っていただきます)

──

これまでお話を聞いてきて、編集の作品に対する影響力って、
ずいぶん大きいんだなあ、と驚いています。

米田さん

そう?もっと小さいと思った?

──

あ、いえ、そういうわけではないんですけど(笑)。
思うのは、監督や殺陣師さん、カメラマン、いろいろな人が、
「こんなふうに見せよう」と考えたことでも、
編集ですっかり変わってしまうということも、ありえるわけですよね。

米田さん

ありえるよね。俺は殺陣師さんと話すこともよくあって、
「思っていたように仕上がってました?」って聞くと、
そうじゃないこともやっぱりあるし。

──

ああ、そうですか。

米田さん

脚本家、美術、照明、カメラマン、それぞれのパートの
「こんなふうに見せたい」と思っている意図があって、
そのバトンを受け取って、最後に回ってくるパートが編集。
みんなが現場でどれだけ苦労していても、
俺がカットしたらゼロになるんだから、心してやらないといけないと思いますよね。

──

現場に行かないからこそ、変に思い入れがなくカットできるというのはありますか。

米田さん

うーん、それはないかな。
現場に行くこともあるし、行った方がええと思う。

そういえば、玉木濬夫(たまきえいふ)さんの助手についていたとき、
あるテレビ時代劇の編集で、12人の忍者が走っているシーンがあって、
俺は何も考えずに8人くらいのところで切っちゃったのね。
そうしたら玉木さんが、
「おい、お前、忍者を何人切ってるんや。
懸命にやってて、ギャラもかかっているんやし、
最後まで見せてやってから切れよ」
とおっしゃってね。「ああ、そうか」と思ったね。
そりゃそうよ、残り4人を見せないことで圧倒的に作品が良くなるんやったら
切ったらええけど、そんなことないでしょ。
逆に、12人見せたほうが、観客には「忍者がたくさんいる」というふうに伝わるし。

──

そうですね。

米田さん

だから、現場の苦労は知っておいたほうがいいし、
知っておくことでそういう細かい部分に配慮がいくようになるかもしれない。
それに、現場の苦労を知っていても、切るのは切れます。そのために俺がいるんだから。
その辺はクールに、客観的に観て、観客は何を求めているのかというのを
常に試行錯誤しながらやっています。

──

ほんとうに、現場のバトンを最後に引き受け、観客につないでいく仕事ですね。

米田さん

そう。まさに、「観客にいちばん近いところに俺らはいるんだ」という意識を持って、
責任を引き受けていかないといけない。
だから編集の仕事は、全映画的教養が試されている気がするんだよね。
あ、こんなこと言っていたら、自分で自分の首を絞めてるな(笑)
そんな大きなことを言えるほどの仕事ができているか、わからへんけど。


米田さんは、『男たちの大和/YAMATO』で本編に収録できなかった特年兵たちの死に様の映像を、ひとりひとり拾って特典映像DVDに収録している。「だって、みんな、この京都撮影所で何ヶ月も所作指導を受けて、ランニングして、兵隊訓練みたいに練習していたってことを知ってるからさ、申し訳ないじゃない」。仲間が近くにいて、仲間とともに作っている撮影所の良さを感じられるひとことだ。

──

これまでの米田さんのお話を、
「撮影所ならではの編集」というのがあるんだろうなあ、
と思いながら聞いています。

米田さん

それはあるでしょう。それこそ、殺陣師さんに廊下でばったり会って、
「忍者が上から下へ落ちるところ、使っておいてな」
とか言われたりするのも、撮影所だからだろうし。

他のパートの人たちと、「あの映画観た?」とか、
「立ち回りをちょっと変えてみよう」とか、
「最終的にこんなふうに編集してみよう」とか、
いろいろな話をしながら作れるのは、それは楽しいよ。
学生時代に8ミリカメラを持って、
「映画を撮るのは楽しい!」と気づいたうれしさと、同じでしょう。

技術の継承という意味でも、先輩がいて、仲間がいて、継続的にやっているというのは、
バラバラな一匹狼が集まってやってるのとは、圧倒的に違うと思う。
だって、その気になったら話を聞きたい人のところへいけますよね。
「教えてください」って。

みんなで作っている感じというのは、やっぱり楽しいもんや。
とくに、うまくいったときはね。
撮影所のやり方がなくなっているなかで、ここにはまだ残っているというのは、
武器であり、よろこびでもあると思います。

──

撮影所で映画を撮る機会が減っていますが。

米田さん

うん。まあ、それも考えなきゃいけないことはいろいろあるけれど、
とにかくはっきりしているのは、やっぱり、映画に飢えてるよな。

──

映画に飢えている。

米田さん

だって、映画会社やからなあ。
自分の家でいつでも観られるテレビ番組と違って、
お金を払って椅子に座って「さあ観るぞ」という姿勢で観てもらえるものを、
作りたいし、やりたいなあ。飢えてるなあ。

──

映画を作るなら、やはり時代劇ですか?

米田さん

その気持ちはもちろんあるよね。

ここ(東映京都撮影所)では現代劇もたくさん作っているから、
「東映京都と言ったら時代劇」という前提で話をするのはどうなのか、
とは思うけれども、東京の監督や編集技師から、
「時代劇は、経験がないからわからない」という話を聞くと、
やっぱり俺たちの武器は時代劇だろうし、
そこで勝負していかないといけないだろうなあと思う。
それに、時代劇を作れるとなると、やっぱり血が騒ぐしね。

──

そうですよねえ。
ご自身としては、これからの映画人生をどういうふうに進みたいと?

米田さん

うーん・・・・。
ここでバシッとかっこいいことを言えたらいいんやけど、言えへんわ(笑)
まあ、編集という仕事がまだ全く嫌になっていないので、
もっともっと勉強しながら、一所懸命させてもらいます、くらいかな。

この仕事は、自分自身の映画的教養も人間性も試される、
非常にやりがいのある仕事だし、
どんな本(脚本)でどんな企画で、どんな客に向けてどう打ち出していくのか、
作品によって考えることは全然違う。
だから、広告代理店の仕事は飽きたけれどもこの仕事は飽きないし、
どんな作品にも対応できるよう、たえず自分を磨いていくしかないと思っています。

完

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