京都より、深く、新しい、旬のことをお届けいたします。あなたのうれしい京都、見つけませんか?「京都嵐山クラブ」

Part.2では、97年『新・御宿かわせみ』で技師デビューにいたるまでを語っていただきました。
今回はその流れから、いよいよ、編集の仕事の醍醐味にせまります。)

──

素人のイメージで話をすると、映像編集というのは、
カットをどの順番でどうつないでいくのかを考えて
一本の作品へと仕上げていく大切なパートだと思うのです。
漠然とした質問ですが、その仕事の内実はどういうものなのか、
というところを、うかがっていきたいと思っていて。

米田さん

うーん。それについては、身もふたもないけど、
ケースバイケースとしか言えないよね。
とくに今はフィルムで撮らなくなって、現像代がかからないから、
撮り方自体が変化してきてるでしょう。
極端な話、いろいろなパターンで撮ってきて、
「あとは編集でなんとかして」っていう時代にどんどんなってきている。

──

編集でなんとかして、という時代。

米田さん

そう。コンピューターで編集する時代になってから、
編集でできることがぐんと増えてるわけ。
パソコンで写真加工や映像編集したことのある人ならわかると思うけど、
映像を反転させたり、寄ってみたり、
前のカットと後のカットをオーバーラップでつないでみたり、
ということが、ソフトを使えば一瞬でできちゃうわけよ。

昔は、オーバーラップをかけるとしたら、費用を数万円かけて、
現像所に依頼して光学処理して、試写室で観るまでに2日はかかった。
でも、コンピューター編集になったら、
元データをいくつでも無料でコピーできるし、
極端は話、全データにオーバーラップをかけても費用はタダ!
フィルム編集時代を知っている僕としては、「なんと自由な!」ですよ。

──

たしかに自由ですね。

米田さん

そう。そうなってくると、編集マンは試されるよなあ。
「このシーンは、とりあえず引きからいって状況説明や」とか、
「話している人の顔をここで出すのはベタかなあ」とか、
いちから考えることだってできるわけです。

──

そんなことまで編集で!

米田さん

うん。かと思えば、監督の「用意スタート」と「カット!」を切ってつなげるだけで
おしまい、という編集も、もちろんある。
前者と後者で、編集マンがやることは雲泥の差でしょう。

──

そうですね。

米田さん

もちろん、後者の場合でも、
セリフとセリフの間にどの程度の間(ま)をあけるのか、
そのカットを何秒見せるのか、というので、映像のリズムが作られるよね。
まあ、そんなのは、編集の仕事としては当たり前すぎる話だけどさ。

──

そのリズム、というか、「カットをどう切ってつなぐのか」
というところについてですが、
それは、個人的な感覚による部分もあれば、
東映独特の伝統みたいなものもありますよね、きっと。

米田さん

あるよね。

──

「東映の伝統」みたいなものは、編集のとき感じますか?

米田さん

よく言われるけど、東映の時代劇というのは、リアリズムじゃないよね。
美しい踊りのような立ち回り、様式美的な流れるような立ち回り。
スターさんが映える「明るく楽しいチャンバラ」。
編集するときは、そのおもしろさを見せるようには意識しますよね。
パッと切ったら、ビシッと格好付けるスターさんの顔がアップで入って、と。
それについてはテレビ時代劇でさんざん教わったし、体感してきたので、
身には付いていると思う。

ただ、東映は「仁義なき戦い」に代表される実録路線もたくさんやっていて、
あれはリアリズムやなあ。
ヤクザがぶるぶる震えながら人をブスッと刺す、痛さや恐怖がそのまま映像に流れる。
そういうのも、ちゃんと東映の伝統の中にあるしね。

──

そうですよね。

米田さん

だから、編集するときの判断要素としては、東映の伝統うんぬんじゃなく、
作品に応じて、観る人を想定して編集するというのが、いちばん大きい。
リアルな、血が噴き出すような立ち回りは、
たとえば木曜夜8時のお茶の間の番組にはふさわしくないから、
そういうのをあまり見せないとか。

──

なるほど。

米田さん

簡単な例を挙げると、立ち回りでかっこよく決めたところで切るのか、
その直後に足をずるっと滑らせながらも持ちこたえたところで切るのかで、
観ている印象ってだいぶ変わってくると思うし、
そういう小さい積み重ねが、作品のカラーに大きく影響しているとは思うね。
リアリズムなのか様式美なのかというのは、
とくにアクションシーンの編集では、大切にしています。

──

立ち回りの編集というのは、いちばん自由度が高いのでは?

米田さん

まあ、そうですね。立ち回りに比べたら、普通に話しているシーンは、
会話のテンポでカットの長さはだいたい決まってくるし、
言ってしまえば「テンポ良く見えていたらそれでええ」という部分はあるしな(笑)

よく「セリフとセリフの間やリズムを、編集マンが作っている」
という言い方をするけれど、案外、普通の会話のシーンは、
誰が編集しても仕上がりは変わらへんと思う。
というか、その部分だけでは編集の仕事の奥深さが見えてこないよね。

──

もっと、奥深いと。

米田さん

そう。なんというか、立ち回りや戦いのシーンになると、時々、
全世界をコントロールしている気がしてくるもんな。

──

全世界をコントロール!

米田さん

いや、そんな気がしたのはね、『男たちの大和/YAMATO』のとき。
あれは最初、撮ってきた素材が全部で40時間もあったんや。
40時間って、1日8時間ただ観るだけで、5日間かかるんやで。
戦闘シーンだけで10時間。ひたすら、爆弾が落ちる、
人が落ちる、撃たれる、血が飛び散る、走り回る・・・(笑)

──

すごい(笑)

米田さん

それを2時間ちょいの映画にするわけだから、38時間分カット。
みんな、命をかけて撮ったのに、何億とお金をかけて撮ったのに、
「ごめんなさい」と言いながら、カット〜、はい、これもカット〜。

──

たしかに、全世界をコントロールしている気がしますね!

米田さん

なっ(笑) 台本には、「レイテ、激しい戦闘シーンが続く」としか書いてないんやもん。
甲板が燃えて走っている人間を切るか、機銃を必死で撃っている人間を切るか、
どの順番で見せるのか、なんにも基準がないんだから。
そうなってくると、発想から、この映画で何を伝えたいのか、
というところから考えないといけないでしょ。

──

切り方でまったく違う映画ができてしまう。

米田さん

そう。

──

そういう場合、どうやってまとめるんですか?監督の指示を受けながら?

米田さん

もちろん。えっとね、『男たちの大和』は2時間24分の映画だけど、
いったん3時間33分にしてから、監督に見てもらったんです。
それでも戦闘シーンは40分もあって、そのままなら観客は飽きるから、
「特年兵にスポットを当てて特年兵ばかり拾うのか、
メインキャストや上官をきっちり見せて、特年兵は最小限にするのか、
といった方針を決めてください」というようなことはお願いして。

難しかったよね、あれは。ひとりひとりに死に様があったんだけれど、
誰がどのように死ぬのかを見せる時間はないし、
血がものすごく吹き出たり、頭部が吹っ飛んだりみたいな“えぐい”描写をやったら、
成人指定になって子どもに観てもらえないかもしれない。
そういうこともあって、最終的には、
『もう、誰がどう死んだかはわからない、
大量破壊兵器が大量破壊兵器と闘ったなかで死んでいく人間は、
ゴミのようにぼろぼろになって死んでいくんだ』ということを見せようと、
そう考えて編集したんだけどね。


編集室の本棚には『男たちの大和/YAMATO』関連の資料がたくさん並んでいた。この作品で米田さんは、第30回日本アカデミー賞優秀編集賞を受賞している。

撮影所の人々INDEXページへ