京都より、深く、新しい、旬のことをお届けいたします。あなたのうれしい京都、見つけませんか?「京都嵐山クラブ」

Part.3に続いて、殺陣の継承についての思いや、役のこと、今後のことを語っていただきます)

──

先ほど(Part.3で)、先輩たちの殺陣や、現場での苦労や体験を通して、
気持ちがこの世界に向かっていったという話をしていただきました。

本山さん

そうですね。

──

本山さんは、東映剣会に3年ほど前(2009年)に入られたそうですね。
しかも会員のなかで一番若手だと聞いています。歴史的に、
剣会に入会を認められるのは、立ち回りのできる大部屋俳優のなかでも
殺陣の技術が非常に優れた人に限られていていたそうですが、
その剣会へ一番の若手として入会することに対しては、
どういう心境だったんでしょうか?

本山さん

「入るか?」と声をかけてもらって、最初は
「僕よりももっとふさわしい人がいっぱいいるんと違いますか」
と答えました。でも再度勧めてくださったので、
「じゃあ、入ってから、先輩たちに近づけるように努力しよう」
と思って加わらせてもらったんです。

思えば、僕らが子どもの頃に見ていた時代劇って、
その先輩たちがいちばん動けていた全盛期の作品なんですよね。
ビデオをいま改めて見ると、やっぱり、かっこええんです。
だから、中に入らせてもらえたというのはありがたいと思っています。

昔は先輩たちの前で、
過去の作品で先輩たちがやっていた殺陣を真似してみたりしてました。
そうしたら先輩方が
「そんなんせんでええねん!」
「お前はまだずっと素振りしとけ」って(笑)

──

はははは(笑)。先輩たちもうれしかったんだと思いますよ。

本山さん

ははは(笑)。でも、皆さん、厳しいですけど、本当に優しいです。
福本(清三)さんなんか、
あまり話しかけてくれるほうじゃないと思っていたんですけど、
現場で立ち回りになると

「行け!今や!」

って、さりげなく合図して、背中を押して僕を前に出してくれはるんです。

──

へえ、素敵ですね。


東映剣会が東映太秦映画村にて公演した舞台「殺陣田村」の本番風景。写真左は、本山さんにいろいろなことを教えてくれた大先輩・福本清三さんだ。(写真:日浦麻子)

──

殺陣の技術の継承ということについては、どう思っていらっしゃいますか?

本山さん

うーん、がんばらなあかんなあ!

──

時代劇の現場が少なくなっていますよね?

本山さん

たしかにそうなんです。
「道場でいくら稽古しても、現場で経験を積まないと殺陣はうまくはならない。
どないしたもんか」と悔やむ声も聞きます。

でもそれについては、どうしたらいいかって、
明確な答えはないですよねえ。

ただ、まず最低限「自分が続ける」ということだけは
しておかないといけないと思っています。
自分がこの仕事をやめてしまったら、必ずひとり減るということで、
それだけはダメだろうと。

──

自分の仕事が自分だけの問題ではなくなっているんですね。
続けることに責任がある。

本山さん

そうなんですよね・・・・。
ま、あまり考えてはないですけどね(笑)

──

いやいや。でも、続けるというのは大変なことだと思うんです。
経済的な面も含めて。

本山さん

人それぞれ、求める生活のレベルというか、生き方は違うじゃないですか。
僕はたしかに贅沢はできないけれど、
不自由なく生きていけているから、いいんちゃいますか。

お金の話になってくると、そもそも映画やドラマそのものが、
本来は経済のいちばん外側の話だと思うんです。
だって「娯楽」なので。

だけど、娯楽がまったくなくなってしまったら、
人間って人間らしくいられないし、ものすごくさみしいじゃないですか。
お金を稼ぐという意味ではあまり重要じゃないけれども、
普段の生活の中で、たまたまテレビを付けて
「あ、時代劇やってる」と思って、何気なく見る。
すごいおもしろいわけじゃないけど、
その1シーンだけでも、はっと驚いたりドキドキしたり、
「かっこええ!」とか思ったりする時間って、要るんちゃうかなって。

だから、その部分に参加できている自分の人生って、
やっぱり「ええな」って思うんですよね。

──

ご自身は、もっと有名になりたいとかいう気持ちは?

本山さん

まったくないです。

──

業界関係者から「東京に出てこないか」と言われると聞いていますが。

本山さん

そう言ってくださった方もいらっしゃったみたいですが、
でも、そもそもが「役者になりたい」と思って
ここに来たわけではないじゃないですか。
ここでできることがあるなら、それがいいと思うし。

──

京都にいたい?

本山さん

それはあります。地元だし、僕がいろいろ勉強させてもらったのも、
京都(ここ)なので。

それに、ここにいても、僕のことが必要だったら、
東京でもどこでも呼んでくれると思うんです。
呼んでくれないということは、それだけ実力がないということだと思っています。

──

そうですか。たしかに本山さんは、
東映以外の他社作品にもよく呼ばれていますよね。
今日お会いする前に、三池崇史監督が撮影された、
吉川晃司さん主演のミュージックビデオ『PANDORA(パンドーラ)』
を見てきました。

本山さん

あ、そうですか。あれの2本目は東京に呼ばれて撮影しました。
2本目もえらいおもしろいので、機会があったら見てください。

──

そうなんですね。
あれも本山さんにしかできない「おかしさ」が出ていて、笑っちゃいました。
そういえば役柄についてお聞きしていませんでしたが、
本山さんは、なんというか、変わった役が多いですよね。
さきほど(Part.3で)話に出た『八丁堀捕物話』では
「かかしに化けた」とおっしゃったし、
市川崑監督の『どら平太』でも、真剣な立ち回りのシーンで、
ひとりだけ「へへへ」と笑いながら斬りかかっていました。

本山さん

ああ(笑)。『どら平太』は僕も好きな作品です。
あれは、当初オープニングの1シーンだけの出演だったのを、
なぜか市川監督がラストの立ち回りにも呼んでくださって、
「笑いながら斬りかかってくれ」とおっしゃるんです。
意味わからないですよねえ(笑)。
だから何回やっても「違う!」と言われて、
もう、わけ分からん状態になって「へへへへへ」ってやってみたら、
「そう!それや!!」って。

──

すごくいい味出してました。

本山さん

ああいう気持ち悪い感じのって、なんか好きで。
僕はね、かっこええことができないんですよ。ちょっと照れる(笑)
『どら平太』の僕なんか、見る側は気持ち悪いだけかもしれへんけど、
ああいう仕事に僕の中のスイッチが入るんですよね。

もともと歯もないし「変なやつやなあ」と思われていたから(Part1Part2参照)、
最初の頃はそれだけで変な役が回ってきてたんだと思います。

芝居のレッスンを受けていたわけではないから、ようわからんでしょ。
だから監督や助監督に言われるままにやってみるしかないんです。
言われたことはしっかりやる。それだけなんですよ。
でも、「やろうとする」ということだけは、見ていてくださったんじゃないかなあ。


取材中、真面目な顔からこんな顔まで、次々と表情を変えてくれた本山さん。
さすが役者さんだし、このなんともいえない気味悪さ(?)が、いろいろな作品で、効果的な働きをしているのだ。

──

正規の演技レッスンを受けていないということに、
コンプレックスを感じることは?

本山さん

そんなこと、考える余裕はないですよ。
なにせ言われたことを一所懸命やるしかありませんでした。

「役者かうんぬんという前に、与えられたことは一所懸命やってみよう」
みたいな感覚でずっとやってきました。
どんな仕事でもたぶんそうだと思うけど、
そうして経験を積んでいくうちに、できることも増えていくんちゃうかな。
僕はあまり増えてないような気もするけど、いや、多少は増えたかな(笑)。

──

これからどんな役、どんな仕事をしていきたいですか?

本山さん

いろいろやってみたいですね。
ずいぶん前ですが、舞台をやったときに、仲間内で
「江戸期までの実在の人物で誰を演じたいか?」という話になって、
僕が「浅野内匠頭」って答えたら「ええっ!?」と驚かれたけど(笑)

──

いやいや(笑)、イケますよ。本山さんって、
歯を入れたら二枚目ですもんね。

本山さん

いや、それはどうかわからないけれど(笑)。
侍のかっこうをするときは、歯を入れた方が侍らしくなるんで、
歯を入れるんです。さらに眉の書き方も変えたら、
かなり印象が変わりますね。

2012年3月に放映された「逃亡者おりん2」では、
変装の達人として、いろいろな人物に変装するという
変わった刺客を演らせてもらいました。おもしろかったですねえ。

──

ははは。それは楽しい(笑)。
ぜひこれからも、いろいろな脇役で芝居を盛り上げていってほしいし、
時代劇でどんどん殺陣を披露する機会ができるよう、願っています。
今日はどうもありがとうございました。

完

撮影所の人々INDEXページへ