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道場で構えを披露してくださった。殺陣を本格的に始めて10年近く、稽古は素振りばかりだったという。動きは、先輩たちの現場を見て自分で学んできた。

Part.2の続き。本山さんが、この世界に入って3年ほど経った頃に、
原田徹監督の『八丁堀捕物話』でいい役をもらったという話から続きます。
今回は殺陣についての思いも語っていただきます)

──

どんな仕事だったんですか?

本山さん

ドラマの設定としては、悪人の親分が捕まって、
唐丸籠(とうまるかご)に載せられて運ばれるんですね。
僕はその子分役で、親分を助けるために、
唐丸籠の道中をずっと付けねらって、
最後は籠を運ぶ護送の人たちを襲撃するというものでした。

──

かっこいいですね。

本山さん

それがおもしろくて、
唐丸籠が来るのを見張るために案山子(かかし)に変装したり
大八車に乗って旅籠の陰でずっと見ていたりとかで、変な芝居なんです。
そして最後はやっぱり斬られるんですけどね(笑)。
ありがたい役で、僕なりに一所懸命やらせてもらったんです。

そして、放送されて何日か経った頃のことです。
『桃太郎侍』の単発スペシャルの撮影で、
高橋英樹さんが京撮に来られたんですね。

僕はそちらの現場では使ってもらえなかったんだけど、
立ち回りの見学だけはさせてもらおうと思って、
セットの隅っこで、じっと見てたんです

そうしたら英樹さんが僕に気が付いて、
「おっ、お前や、お前!」
とおっしゃる。
「お前、『八丁堀捕物話』に出てたよなあ?」
と聞かれるので、びっくりしながら
「はい、出させてもらいました」と答えたら、
英樹さんが、大勢のスタッフがいる前で、おっしゃるんですよ。

「こいつや、こいつ。みんな知ってるか?
こいつ、えらいええ役やってたんや。
あれはお前、よかったぞ」

って。すごくうれしかったですよ。

たいしたことはできてないんですよ。
僕、芝居は下手やし、何のレッスンも受けてないし。
監督に言われることをただ一所懸命やっただけなんですけど、
「あれはお前、よかった」っておっしゃってくださって。

それくらいからかな、やっと殺陣師の土井淳之祐さんに名前を覚えてもらって、
『三匹が斬る』で春風亭小朝さんの立ち回りに入らせてもらうようになったのは。


原田徹監督の『八丁堀捕物話』で自身が扮した「かかし」は好評を得て、その後、同監督の『御家人斬九郎』(フジテレビ)で更にグレードアップ。控え室にある本山さんのロッカーには、その「かかし」の写真が、今も貼ってあった。

──

殺陣の稽古はいつ頃から、どうやって学んでいったのですか?

本山さん

入って比較的すぐに、桝プロ(桝プロダクション
の先輩方に構え方とかは習ったんです。
でもそれだけじゃ仕事はできないから、桝プロのメンバーで
殺陣師の菅原俊夫さんを週1回招いて、稽古を付けてもらいました。

とはいっても、立ち回りに参加させてもらうまでには、なかなか。
セットに入らせてもらえない現場もありましたから。

掲示板に、「『遠山の金さん』浪人:本山力」って名前が書いてあるから
翌日は張り切って、どおらん塗って、かつらを付けて、衣裳を着て、
セットに行くじゃないですか。
でも、セットに入ろうとしたら、殺陣師さんが、

「お疲れさん」

と言うんです。「え?今からじゃないですか?」と心の中で思うけど、
「お疲れ、お疲れ、お疲れ」って肩を叩かれて、
「よかったね、早よ終わって」と追い返される。
つまり、「戦力外通告」されるんです。

──

はぁ。

本山さん

なんて悔しいか!くっそー!!ですよ。

でも、もちろん素直に帰りませんよ。走って俳優会館に戻って、
着ていた衣裳を脱いで衣裳部に返して、
かつらを外して美粧に返したら、
普段着に着替えてもう一度セットに戻るんです。
けっこう時間がかかるんですよ、これ。
それをとにかく急いでやって、セットに入ったら、
先輩方がやっているのをじっと見学させてもらうんです。

──

見学ですか。

本山さん

はい。先輩たちがどう動いているのかが気になるので。
そうしたらまた、先輩たちがかっこええんですよ。
なんせかっこいい!(笑)

──

なんせかっこいい(笑)

本山さん

そう。見ていてドキドキするというか。
鳥肌が立つような感覚を、現場でもらったような感じですね。
僕が「殺陣をちゃんと身につけたい」と思うようになったのも、
現場で先輩たちの姿を見せてもらったのが、いちばん大きいと思います。

──

そうですか。

本山さん

さっき話した『桃太郎侍』にも、2〜3分の長回しとかがあるわけですよ。
その間、ずっと重い立ち回りが続くんです。
そのときの、英樹さんの迫力もさることながら、
斬られる側の死に様も、ほんまかっこええ(笑)。

ほんでまた、現場だけじゃなしに、昔は東映太秦映画村で、
「模擬撮影」という出し物をやっていたんです。

撮影現場で殺陣を付ける様子を、映画村のお客さんの前で再現する
というものなので、現場と同じようにその場で殺陣を付けるんですね。
3、4分間の立ち回りなんですが、その姿がまたかっこよくて、
お客さんも感動して、ほんの数分のことなのに、目の前で泣いてはるんですよ。

そういうのを見ているうちに「なんとかあそこに参加できへんもんやろか」
という気持ちになっていったんですね。


今では東映剣会の一員として、先輩たちとともに殺陣の稽古に励む本山さん。2010年に東映太秦映画村で行われた「殺陣田村」公演の稽古風景。当時の剣会の大先輩・峰蘭太郎さん(手前)に絡む本山さん、迫真の演技です!(写真:日浦麻子)

──

殺陣の「かっこええ」というのは、どういうところが?

本山さん

うーん。言葉ではなかなか(笑)

そうですねえ。殺陣って、お芝居なんです。
そして、斬る方も斬られる方も、
それぞれが自分の芝居だけちゃんとやろうとしても、
いいものができないんですね。
自分の芝居と相手の芝居の呼吸が絶妙に合っていて、
お互いの信頼感の中で迫力を出していく、みたいなところがあって。

たとえば、立ち回りの魅力のひとつは「危うさ」やと
教えてもらったことがあるんです。
刀が振ってきて「危ない!」と思って避ける。
そのときに本当に「危ない!」という緊迫感を伝えられるか、
ということだと思うんですけど、
そのためには、お互いの間合いや表情、動きが
ぴたっと合っていなくちゃいけない、とか。

ああ、でも、僕はまだまだ下手だから、えらそうには言えないんですけど。

──

いえ、なんとなくわかります。

本山さん

昔のビデオなんかを見ていても、
斬る側がものすごく力強くバーッと斬るし、
斬られる側も、ものすごい顔と体制で斬られるから、
見ている側は「こりゃ絶対死んでるやん!」とはっとさせられる。

なんというか、画面の中の全員が、芝居を成立させようと一所懸命ですよね。
人と人が斬り合う場面だから、怖さが要るなら感情を見せないといけない。
ひとりだけじゃなくみんながそう思っていて、できているから、
凄みのある画になるんだと思うんです。

殺陣の稽古を始めて6、7年経つと、
頭だけは大きくなっているんですよね。
でも、現場に行ったらうまくできない。
僕は間合いも下手だし、斬られた後に悪目立ちするんで、やっぱり叱られます。
でも、監督や殺陣師さんのOKはもらわないと作品ができないわけだから、
「はい、まあ、OK」という感じですよね。

終わってから、「ほんまはOKやないよなあ」
「どこがどうだったらよかったんやろうなあ」
と試行錯誤するような毎日でした。

でも、その一方で、『江戸の用心棒』という作品があったんです。
これもまた、高橋英樹さんが主役で出てらっしゃって、
僕は立ち回りに参加させてもらっていました。

その作品は、「好きなようにやられろ」が
殺陣師の土井淳之祐さんと主役のコンセプトだったんです。
要するに、どんな死に方をしても許される。

そうしたら、英樹さんが僕に
「こいつはおもしろいことするぞ〜!
絶対のたうちまわるから」
って、ハードルをめちゃめちゃ上げるんですよ(笑)。
ほんなら、やるしかないじゃないですか。

──

のたうちまわったんですか?

本山さん

はい。めちゃくちゃ(笑)

──

ははは(笑)

本山さん

そういうことをやらせてもらえるのがすごい楽しくて。
だから、苦労も含めた現場の楽しさ、経験を積み重ねていく中で、
最初は役者になるつもりなんてまったくなかった僕の意識も、
どんどんこの世界に向かっていったんだと思います。


「殺陣田村」公演本番。稽古の成果で、大先輩とぴったり息の合った立ち回りを披露した。(写真:日浦麻子)

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