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──

Part.3の続きから)
持ち道具という仕事を通して、
芝居づくりにどんな関わり方ができるのか、
という話の続きを聞かせていただけますか?

上田さん

うーん、そうですね。
やっぱりそれが、自分がその作品に就く意味だと思うんですね。

単に道具をそろえるだけが仕事なら、誰でもできるように聞こえるけど、
「芝居を成立させるための道具をいかに作っていくか」
というところで、僕たちは勝負をしているんです。

──

芝居を成立させるための道具。

上田さん

そう。たとえば、ある時代劇のシーンで、
箍(たが)を武器にするというのがあったんです。
箍というのは、樽や桶などを作るときに
円形に組んだ木の内側を固定する、輪のことです。
台本では、それを忍者に投げられて、
「あっ、危ない!」と叫ぶ筋書きになっていて。

でも、箍は竹でできているから、
投げられても大けがをするようなものではないですよね。
だから普通の箍では、そのシーンに説得力が出ない。
つまり、芝居が成立しない。
そのことに前日の晩に気がついたので、
慌てて、鉄のくさびを組み込ませた箍の武器も作ったんです。
もちろん、投げても大丈夫な素材でもうひとつ作って、
現場に持って行きました。

そうして、監督に相談したら、「ああ、そうだね」ということで、
鉄のくさびを組み込ませた箍を使うことになって。

──

なるほど。

上田さん

そう。そういうことって、よくあるんですよね。
監督も助監督も気づいていないけれど、
その道具をそのまま使うだけでは、
ドラマとして観客への説得力が足りない、というのが。

──

だからこそ、道具担当としての力量が問われる。

上田さん

そうなんです。
そこに、自分が携わる意味があるんだろうとは思いますよね。

ある作品では、数珠を万歩計代わりに使うシーンがあったんです。
昔は数珠の珠(たま)の数を使って何歩歩いたのかを数えたらしいですね。

でも、何の説明もないのにその姿を撮っても、
万歩計代わりに使っているということは、
現代人の観客には伝わらないだろうと思って、
歯車じかけの、さも昔にありそうな万歩計を作ったんです。
そうすることで、伝わりやすくなる。

──

へえ、そこまで!

上田さん

だから、先輩たちからは「上田はやり過ぎなんじゃないか」
と思われているかもしれませんよね。
時代考証の人や演出部と言い合ったりしてしまうこともあります。

でも、「こんなんでいいんじゃないの?」という適当な仕事だけは、
したくないんですよ。
自分が関わる以上、自分が関わる意味のある仕事にしたい。

だから、勉強するんです。
監督や助監督に負けないくらい、その時代について勉強する。
先輩たちがしなかったような、インターネットを使っての情報収集もするし、
もちろん本を読むし、足を運んで調べるんです。
武器になるから、勉強する。そして、闘う。

──

闘う。

上田さん

そう。勉強したことがこれだけすぐに活かせる仕事もないと思うし、
勉強するぶん、手応えはあります。

上田さん

僕が思うのは、なんというかな、
昔ながらのやり方というのが京都撮影所にはあって、
それを教えてもらってきたけれども、
この業界の仕事はどのパートも、
「それでOK」というものがないんですよ。答えがない。

もちろん監督がOKといえばそのときはOKなんだけれども、
あとで台本を読み込めば、
「ここはコーヒーじゃなくて、お茶のほうがよかったんじゃないか」とか。
めちゃくちゃ小さいことですけど。

時代劇ではとくにそれを感じることが多いです。
その時代に対する自分の理解も深まっていくし、
経験を積むうちに感性が変わってくる。
だから、乗り越えたいバーが、どんどん上がっていくんですね。

だからウチの小道具は、みんな、こだわるんです。
刀の鍔(つば)の大きさとか、杖の形とか、
めちゃくちゃ細かいことまでこだわって作る。
草履も、「こっちのほうが履きやすいんちゃうか?」とか

──

だからこそ、時代劇で本領を発揮したいという方々が多いんでしょうね。

上田さん

そうですね。時代劇のほうがやっぱり楽しいですよ。
道具を作る領域が広がるし、道具でできることも広がる。
勉強するほど、役者さんや監督に対して言えることも増える。

──

小道具さんに対して「職人」という言葉がよく使われるけれども。

上田さん

そうですね。職人だと思います。

──

「京撮に入ったときは、こんなに長くするつもりはなかった」
と、おっしゃっていましたよね。(Part.2参照)。

上田さん

ははは。そうですねえ。長く続けるつもりはなかったんですけどねえ(笑)

──

仕事への意識が変わったきっかけはあるんですか?

上田さん

「道具がもっと芝居に絡んでいいんだ」と思ったのは、
テレビ朝日の『京都迷宮案内』を撮っていたときですね。

黒沢直輔監督に、あるシーンで、
「ここ、ラグビーボールがあったらいいと思うんですけど」と言ってみたら、
「おお!それ、いいね!」と即採用してくださって、
やけにラグビーボールばっかり撮ってくださったんですよね。

それで、
「ああ、道具で芝居に絡んでええんやなあ、
自分の思いを言ってみてもええんやなあ」って。
そうすると、仕事への意識はガラッと変わりますよね。
「自分の責任で、この道具を提案しているんだ」という気持ちになる。

──

なるほど。

上田さん

まあ、でも、絡みすぎるのもよくない。
作品づくりはチームでやっていることなので、
出しゃばるのはよくないんです。
出しゃばらず、いざというときに粋な道具で勝負する
というのが理想ですね。

──

「粋」。

上田さん

そう。「粋」です。なかなか難しいんだけど(笑)

──

持ち道具で20年というキャリアは、よくあることなのでしょうか?
たとえばデザイナー(美術監督)になるとか、そのほかの道に進むというのは。

上田さん

いろいろですね。何十年と小道具している人もいますし、
僕がずっと小道具をさせてもらった『大奥』の監督の林徹さんは、
もとは小道具の人だったんです。
だから道具にはすごくこだわりがある方で、

──

それで上田さんに声がかかったんですか?

上田さん

まあ、かわいがってもらっています。
あとは、美術監督になる人は多いですね。

──

上田さん自身は、今後は?

上田さん

僕も「デザイナーにならないか?」と声をかけていただいたことはあるんですが、
ことわってしまいました。
この時はまだ、もう少し小道具でやりたいことがあったんでしょう。

この仕事を続けるのは、さっき言ったように、
乗り越えたいバーがどんどん上がっていくから、
「次こそは」と思っちゃうんです。
次はやっぱり、ここまで培ってきたことを活かして
大きい時代劇に挑戦したいなあという気持ちもありますし。

──

やはり、そうですよね。

上田さん

うん。ただ、僕はいちおう持ち道具ですけれど、
「それ、持ち道具ちゃうやろ?」みたいなことも、
けっこうしてしまっています。

松竹京都撮影所に呼ばれて仕事をすることもあって、
「必殺仕事人2009」はシリーズで担当させてもらいました。
だから、からくり屋の源太が作るからくり人形は、かなり手がけましたね。
殺しの道具も。

──

ええ、そうなんですか!必殺と言えば殺しの道具ですもんね。

上田さん

そう。楽しい仕事でしたよねえ。
それに、いちおう美大だったので、絵を描くのは得意で、
時代劇で織田信長がつける鎧をデザインさせてもらったこともあったりとか。

──

そうなんですね。

上田さん

そう。そんな感じで、小道具を通して勉強してきたことで、
以前より芝居に深い関わり方ができるようになっている。
だから、まあ、目の前の、声をかけていただいたことを、
懸命にやるしかないかな。

──

なるほど。ありがとうございました。なんというか、
持ち道具という仕事を通して自分の仕事を作っていく上田さんの姿勢が
とても興味深かったです。
ぜひ、大きな時代劇で、上田さんの道具が観たいですね。

上田さん

ありがとうございます。
でも、映画を観るときは、道具を観なくていいですよ。
ドラマを観てもらったらそれでいいんです。
あくまで僕らは、日の目を見ない、損な役回りなので。

完

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