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撮影現場で剣会のメンバーに殺陣を付ける菅原さん。最初に殺陣師が主役の動きを演じてみせる。

──

そういえば、最近の大作映画で、香取慎吾さん主演の
「座頭市 THE LAST」(08年、阪本順治監督)を担当されましたよね。
新聞報道では、菅原さんは香取さんを絶賛して、
「映画人生の最後に素晴らしい役者に出会えました」と、
引退をほのめかすコメントもおっしゃったそうで。

菅原さん

ああ、そう、そうなんです。
「菅原俊夫、この映画で引退」みたいに新聞で報道されちゃったんだけど
そんなつもりじゃないんですよ。
あれは、クランクアップ後の記者会見で、
「菅原さん、この映画に関わってどうでしたか?」と質問をされたから、
阪本順治監督に敬意を表して、
「この映画で引退することになっても悔いはありません」
と言ったんです。そしたら引退宣言をしたかのように書かれちゃって。

でもね、あの作品に関われたというのは、
僕にとっては本当にありがたいことでした。

香取さんにはクランクインの10ヶ月前くらいから、
殺陣の稽古をしてもらったんだけど、
練習中まったく目を開けない、トイレに行くときにも目を開けない。
自主的に、目の見えない人たちがしている卓球の練習に通って
役づくりをしている。
そういう話は、まあ、上映キャンペーンのときに
いろいろな記事で書かれたとおりなんだけど、
本当に、あの姿勢、謙虚さには感動しました。
小さい頃から踊りをしているから、殺陣を覚えるのも早い。
ほんと、久しぶりに素晴らしい役者に出会ったなあと思いますよね。


『水戸黄門』最終回スペシャル(2011年12月19日放送)用の擬斗シーンをつける菅原さん。
これが同シリーズ最後の仕事だった。

菅原さん

そうそう。ひとつうれしかったことがあってね。

あの映画は、仲代達矢さん演じる天道が殺されて、
高岡蒼佑さんが演じる息子役と抱き合うシーンを撮って
クランクアップだったんです。
撮影が終了したのは、もう夜中12時近くになっていました。
それから記者会見して、打ち上げで、みんなで朝まで飲んだんです。

その打ち上げのときでした。
気持ちよく酔っていたところに、ふっと慎吾ちゃんが近づいてきたんです。
「何かな」と思ったら、突然、音頭をとりはじめる。
次の瞬間、僕の周りにうわーっと人が集まってきて、
「なんだ、なんだ」と思っていたら、僕、胴上げされたんですよ。

酔っているから頭がくらくらくるの(笑)
下ろされて、慎吾ちゃんに「何してんねや」と言ったら、
「これが最後ですから」と言って抱きついてきた。そして、言うんですよ。

「菅原さん、何もやったことがない僕のことを、嫌にならないで、
最後までありがとうございました!」

胸が詰まりました。阪本監督もこちらへ来られたので、
僕は阪本さんにこう申し上げた。

「監督、ありがとうございました。
長い映画人生の締めくくりに、こんないい作品に関われて、
本当にいい思い出になりました」

そしたらね、阪本さんがおっしゃるんです。

「いえ、今回、菅原さんを何度も口説いてこの映画に入っていただいたのは、
この作品に限ってではないんです。この先も僕が映画を撮れて、
少しでもアクションがあったら、全部菅原さんにお願いしたい」。

こういうことを言われると、それまでの苦労は吹っ飛びますよ。

菅原さん

そりゃ、あの作品の集客は、
勝さんの座頭市には遠く足元にも及びませんでした。

そもそも、勝さんが生涯を懸けた名作のリメイクという時点で、
僕には無理だと思って、最初はこの話をお断りしていたし、
受けてからも毎晩眠れなかった。非常に難しい作品だったと思う。

でも、ひとたび腰をあげれば逃げるわけにはいかないし、
僕は全力でやりました。
ほかのスタッフも最後まで全力で関わったし、
久しぶりにいいチームに恵まれたと思っているんです。
最後に監督にそう言ってもらったことで、さらに救われましたよね。

阪本さんは、人間的にものすごく温かい人。
気配りができて、思いやりがあって。
深作さんもそうだったし、やっぱりね、映画人、
とくに作品の最高責任者である監督は、
人間的に素晴らしい人でなかったら、
作品で人を感動に導くことなんて、できないですよ。

──

最後に、これからの映画人生をどう過ごしたいか、
お聞かせくださいますか?

菅原さん

よく、「これからどんな作品に関わりたいか」と聞かれるんですけど、
もうこれまでにたくさんの作品をさせてもらったからね、
ある意味、悔いはないんです。

映画やテレビだけでなく、舞台も、僕が一番仕事をさせてもらいました。
市川右太衛門、北大路欣也、里見浩太朗、渡哲也、西郷輝彦。
それから、歌手はほとんどですよね。
五木ひろし、森進一、もちろん、ひばりさん。宝塚歌劇までしているし、
SMAPやモーニング娘。もやったんだから(笑)

美空ひばりに始まり、SMAPまでやったら、もういいでしょう。
水戸黄門の印籠じゃないけど、『もういいでしょう!』(笑)

ただね、そう、前回(Part.3)にも言ったけど、
「自分が時代劇を壊したんじゃないか」とか、
「時代劇が民放から消えてしまった責任は、自分にもあるんじゃないか」
という気持ちがあるのでね、
このままの状態を若い人たちに残すわけにはいかないだろうと。

だって、死んでから、お世話になった先輩たちに顔向けができないじゃない。
黄泉の国のことはわからないけどさ。

じゃあ、「さあ、何をするか」というのはちょっとわからないんだけど、
気持ちだけはね、もう一度原点に帰りたいなと思っているんです。

──

原点に帰りたい?

菅原さん

はい。この世界に入って、
無我夢中で役者をしてきたときみたいな、あの真剣さ。
テレビのように時間がない製作現場ではできなかったような、
殺陣への真剣さ。

体は若いときみたいに動かないかもしれないけど、
気持ちだけは、そんな真剣さ、新鮮さを忘れずに、
声をかけていただいた仕事には取り組んでいきたいし、
プライベートでも、やり残したと思っていることには、
悔いのないように挑戦していきたいと思っています。

完

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