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「暴れん坊将軍」の現場にて

──

今回はいよいよ安藤照明の秘訣に迫っていきたいと思います。
安藤さんの照明は「和紙」を使うのが特徴で、
それまでの映像照明になかった手法だと聞いていますが。

安藤さん

うん、そうやねえ。
たとえばナマ明かりの光量を落としたいとするでしょ、
そしたら、たいていはパラピンやナイロンやらを使うわけ。
それまでの照明部の先輩たち、増田悦章さんも中山治雄さんも、
みんなそうしていたわけや。
そやけど、それだとどうしても光が硬くなるんやね。
ほら、ヤクザものは、たいていコントラストが強くて、
どことなく画面が硬い感じがするでしょ、ああいう感じになるわけね。

でも俺はそうじゃなくて、光をもっとソフトにしたいと思っていた。
そこで和紙なんや。
和紙を通った光は拡散して、ものすごくソフトになる。
あの光を、映像照明に取り入れられないかと考えたわけ。


撮影所内スタジオの天井に、安藤さんが編み出したという
和紙の貼られた板がたくさん吊るされている。

──

和紙を思いつくきっかけになったのは何でしょうか?

安藤さん

きっかけは2つあってね。
ひとつは工藤栄一監督と、1991年のテレビ朝日の番組で
松平健さん主役の『斉藤道三 怒濤の天下取り』というのを、
やってたときです。
工藤さんがね、「安藤、そろそろ障子もええよ」と俺に言ったんですよ。
つまり、「障子の明かりというのを考えてみいや」ということやね。

もうひとつは、井上昭監督が、
俺に谷崎潤一郎の『陰影礼賛』をくれたんです。
読むと、昔の厠(かわや)にあった小さな掃き出し窓のことが書いてある。
「昔の厠には電気がなくて、掃き出し窓の障子を通った光が、
女性の下半身をふわーっと照らす」というようなことが書いてあってね。
その情景、なんとなく想像できるでしょ?

──

はい、なんとなく。

安藤さん

それで「障子や!」と思ったわけですよ。これしかない、と。

──

でも、歴史ある撮影所で、先輩の方法を変えるというのは、
かなりの挑戦だったのでは?

安藤さん

そう。木枠に和紙を貼ったものを助手に何枚も作らせて
現場に持っていったら、最初の頃は邪魔に思う人もいたよ。
それに、和紙は、パラピンやナイロンと違って光が伸びないから、
ほかの人よりもライトをたくさん使うし、セッティングに時間がかかる。
それが厄介やねん(笑)

──

厄介とは?

安藤さん

その、なんていうのかな。
照明に「足し算の照明」と「引き算の照明」があるとしたら、
俺のは「足し算」なんですよ。

中山さんや増田さんは「引き算」、つまり、
遠くの俳優に光をパシャーッとあてたら、
近くはちょっとぼかす、光量を落としていく。それでOK。
でも、俺の場合は、障子を通すと光が伸びない、拡散するので、
俳優ひとりひとりにライトを足していかなきゃいけない。
厄介やろ?(笑)

──

なるほど、だから時間がかかってしまうわけですね。

安藤さん

そう。俺のセッティングの遅さは有名やったよ(笑)
だから最初は嫌われてね。北大路欣也さんなんか、
昔は、「安藤と仕事するの嫌や」とおっしゃってた。
今では仲良くさせてもらってますけどね。

──

吉永小百合さんも、
『長崎ぶらぶら節』や『千年の恋 ひかる源氏物語』で
安藤さんの照明を経験して、
「時間はかかるんです。でも、待つ甲斐がある。
待つと、すばらしい照明をしてくださる」
とおっしゃったそうですね。
それにしても、どうして強いコントラストが嫌いなんでしょうか?

安藤さん

それはもう、生理的にだめなんや(笑)
昔の大映の映画とか観ると、
20キロライトのような大きなライトでガンガン照らすから、
たとえば、ろうそくがあったらその影がえらい大きく出たりしてる。
あれを観ていると、
「照明が目立ってどうすんの、俳優が目立てばいいんや」と思う。
俳優がしゃべっているのに影が邪魔するようなのは嫌で、
影は出てもひとつ。
だから俺の場合、小さな鏡を俳優の前にあっち付けたりこっち付けたりして
いろいろな方法でおさえをやるんやね。

──

細かい…。

安藤さん

そう。めちゃくちゃ細かいんやねえ、自分で言うのもなんやけど(笑)
でも、映像照明というのは、
観客が違和感を覚えるような照明をしていたらダメやと思うんや。
いかに自然に感じられるか。いかに照明が目立たないか。
そのためには、照明による変な影は減らしたほうがいい、

──

「たくさん照明をして、照明を消す」というわけですか!
逆説的ですごくおもしろいですね。

安藤さん

はは、そうやね(笑)

──

そういえば東映京都撮影所には、「アンパン」という、
独自の木箱の照明器具があるそうですね。
吉永小百合さんが安藤照明について、
「安藤さんのアンパンに救われた」とおっしゃっていた。

安藤さん

そうそう、アンパンというのはね、東映京都にしかない照明器具なんや。
木で作った箱の奥に発泡スチロールを敷いて、
それにライトを当てて、その反射光を使うという簡単な構造でね。
その光がすごいソフトになるんだよね、ふわーっとくる光。
それが俺はすごい好きで。女優の顔が優しく見えるんですよ。


「アンパン」の実物を出してもらった。写真左に見えているのがアンパン。
箱の縁に取り付けた光源が箱の内部を照らすと、
その奥に敷かれた白い発泡スチロールの板で光が反射する。
その反射光の漏れで、俳優の顔を照らし出すという仕組み。
手づくりの器具で、時代を感じさせる、良い意味での古めかしさがあった。

──

「アンパン」という名前はどこからきたんですか?

安藤さん

名前は工藤栄一監督が付けたんや。
光が中に貯まるから、それを餡に見立てて「アンパン」なんかなあ。
木と発泡スチロールというのがめちゃくちゃ手づくり感があるやろ(笑)
「機材を買わずに手づくりで」というのも、
昔の活動屋らしいというか、東映京都らしいよねえ。

──

そのアンパンや和紙を駆使して
ソフトな映像美を描いているわけですね。
安藤さんが担当された
生田斗真さん主演の『人間失格』(2009年)や、
松平健さん主演の『バルトの楽園』(2008年)を観ましたけど、
どちらも光がとてもソフトだった理由がわかりました。

安藤さん

そう、俺の作品、ソフトすぎるでしょ(笑)。
『人間失格』とかとくにソフト。自分で言うけどさ、あの作品、
「俺はローキーの天才や」と思ったもん(笑)

『人間失格』はね、黒澤組で照明技師をされていた佐野武治さんが、
この撮影所の試写室にわざわざ観にきてくださったんですよ。
で、観終わったら、俺にひとことボソッと、
「安ちゃんは、職人やねえ」
と、さも感心したかのようにおっしゃったんです。うれしかったですよ。
佐野さんはその2年後、このあいだの東日本大震災の直前に、
亡くなってしまわれましたけどね。

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