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Part3で『桜田門外ノ変』についてお話いただいたので、
松宮さんが担当されたもうひとつの話題作、
男たちの大和/YAMATO』についてもうかがいたいと思っています。
あの作品は、興行収入51億円を超える大ヒットを記録、
6億円をかけて造った原寸大の戦艦大和が、
大きな話題を呼びました。

松宮さん

そうですね、あれはおかげさまで、
たくさんの方に見ていただいた話題作になりまして。

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東映京都撮影所としても、久々の大作だったと思います。
最初にこの仕事の話が松宮さんのところに来たときは、
どんな気持ちだったのでしょうか?

松宮さん

それは、「俺でええんかな」と(笑)
緊張というか、非常に引き締まった気持ちがしましたよね。
なにせ、予算規模も大きいし、
あの時代の方々がいまも生きておられるわけだから下手なことはできない。
監督も俳優さんたちも、
「生存者の皆さんに恥じない映画にしないといけない」
という気持ちと、
「60年後の現代の人たちに見てもらう作品にしないといけない」
という気持ちを強く持っていらっしゃいましたから、
セットも、それに応えるものでなければいけない、
失敗したらいけないという気持ちが非常に強くありました。

──

セットにあれだけの予算をかけるというのは、
昔ならともかく、近年では少なくなっている?

松宮さん

そうですね、やはり、規模としては大きかったですよね。

──

そもそも、実寸大のセットにしようというのは、
どういうふうに決まったのですか?

松宮さん

映画化の話が僕のところにやってきたとき、
最初に思ったのは、「どうやって撮るか」ということでした。
263メートルもある実寸大の大和、
実際に造ったのは190メートルまでですけど、
その長さでも、撮影所のどのスタジオにも入りません。

だから、監督と会う前に、
撮影所の大きさと大和の大きさを一度に比較できるような
縮尺図面を作って打ち合わせに持っていったんです。
それを見ていただきながら、
「大和はこれくらいの大きさになる」ということと、
「もし部分ごとに切り取って撮るのなら
これだけのスケール感はどうしても出てこないでしょう」
というのをご説明しました。

僕としては、やっぱり、
「俳優に実際に甲板に乗ってもらえるようなものを造りましょう」
という思いがありましたし、監督も、
「ミニチュア合成ではない本物を造ることで、
現場にリアリティが出てくるだろう」
と。そういう気持ちでは、最初から一致していたんだと思います。

──

なるほど。それで、広島県尾道市に建造を決めるわけですね。

松宮さん

はい。当初、大和は広島県呉市で造られたものだから、
呉を候補地にしていろいろと見に行きました。
ですが、セットを建てられるだけの広いスペースがなく、
あったとしても埋め立て地だったりして、
ふさわしい場所が見つからなかったんです。

──

埋め立て地では難しかった?

松宮さん

そうですね。本物とは違うといっても、
鉄鋼使用量だけで600トンに及ぶものでしたから、
地盤がしっかりしている場所でないと。

──

600トン。あのセットはすべて鉄なんですか?

松宮さん

主砲や機銃の表の部分は、FRPというプラスチック樹脂です。
鉄に見せるための素材。
でも、土台、甲板、機銃の中といった構造部分はすべて鉄です。
とくに甲板より下の部分は頑丈にしたかったので、
鉄骨というのは外せなかった。

──

「頑丈にしたかった」。

松宮さん

そうです。そもそも、大和のセットを造るにあたって、
前回お話しした「テーマ」、いわゆる、
一番大事にしたい表現の“核”は何かを考えたときに、
それは、戦う船であること。
できるだけ強い、圧倒するほどの力強さを出したかった。

僕たち、生存者の方にインタビューをさせていただいたり、
大和に関する資料を片っ端から集めて読みましたけど、
どこでも強調されるのは、
「大和は沈まないと言われていた」ということなんです。
「大和に乗ったとき、こんな立派な船が沈むわけがないと思った」と、
誰もが口をそろえておっしゃる。

だから僕も、俳優さんたちが大和のセットに乗ったときに、
「これが沈むわけがない」と体感してもらいたいと思ったんですね。
それぐらい迫力のあるものを造ろうと。
となると、やっぱり頑丈じゃないといけない。

──

「俳優さんたちに大和の迫力を体感してもらいたい」。
なんだか心を打たれます。それだけ意気込みのあるものだった。

松宮さん

そうですね。でも、大和に限らず、
これはすべての作品で言えることなんです。
僕たち美術の仕事は、俳優さんたちに、
その世界をリアルに、肌で感じてもらえるような現場をつくることですから。

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