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──

あの、不勉強ですみません、結髪は髪を結うのが
仕事だとは思うのですが、具体的にどんな仕事なのか教えていただけますか?

山田さん

結髪はね、かつら屋さんからいただいたかつらを、
役柄に応じて結い上げて、俳優さんにかぶせてあげるのが仕事。
まあ、これは独り立ちして担当するようになってからの話で、
それまでは「現場付き」といって、撮影現場に赴いて、
担当が結った髪を、乱れないように維持したり、
また、シーンによってはわざと少し髪を乱したり、
そういうことをやるわけです。

──

山田さんも、入ってからしばらくは現場付きを?

山田さん

はい、でも最初、結髪部に入ったときは
映画村(東映太秦映画村)ができて間もない頃でね、
映画村に、一般の人が時代劇の扮装をできる「扮装の館」というのがあるでしょ、
ああいうのを手伝いに行ってたんです。
で、そのうちに当時ベテランだった師匠につかせてもらったんですけど、
1年目は櫛も持たせてもらえませんでした。

──

ええ?

山田さん

当時の撮影所はほんとに職人気質な人が多かったんですよ。
何を教えてもらうにも徒弟制度のようで、
お師匠さんが結うときにはそばでじっと観てる。
櫛(くし)を拭く。道具をとってくる。
結い方を教えてもらうなんてことは、ほとんどありませんでした。

だから、最初の数年は、師匠が結うのを見て、
映画村で時代劇の格好をして働いている人たちの頭を結わせてもらいながら、
結い方を徐々に覚えていくという感じでしたね。
一方で、現場付きにも行かせてもらうようになりました。

──

現場付きでは、どのような現場に行かれていたのですか?

山田さん

一番長いのは『暴れん坊将軍』ですね。
だから、松平健さんなんかとは仲よく話しますよ。

現場付きも大変でね、始めのうちは、師匠の気持ちを気遣って、
「これをしたら、師匠になんて言われるだろう」とか、
びくびくするようなこともあって。

──

びくびくするようなこと?

山田さん

たとえば、あれは現場にひとりで行けるようになった頃だから、
結髪部に入って3、4年くらいの頃かな…

ラブシーンを撮る現場に行ったんです。
シーンがシーンだから、もうそれこそ、髪がぐっちゃぐちゃに乱れちゃってね。
で、撮影終わってから、「ふぅぅぅーっ」て思いきりため息ついて、
ぐちゃぐちゃのかつらを前に30分くらい考え込んだんです。

──

何をですか?

山田さん

自分で手直しをして怒られるか、
それとも、手直しせずに持って帰って怒られるか。

──

え? 現場付きって、手直しするのが仕事じゃないんですか?

山田さん

今の若い子だったら迷わず手直しするだろうけど、
「担当が結った頭に櫛を入れる」というのが、
怖くてできなかった
んですよ。

髪というのは、担当の人が、その女優の顔を見て、
その人の個性に合わせて結っている
ものなのね。
だから、現場付きは担当の結った頭を維持することが仕事で、
勝手に変えることはできないわけ。
すごく乱れてしまったかつらを、
まったく元の通りにできるなら手を入れるだろうけど、
それは私にはできないと思ったから。だから悩んだわけです。

──

結局どうしたんですか?

山田さん

直しました。なるべく師匠が結ったとおりに直そうと必死になって。
翌朝、事情を説明したら、「あ、そう」と、ひと言だけでした。

──

へええ。

山田さん

ほんとに当時は、なんていうのかな、
学ぶのは結い方だけではなくて、
普段から師匠の性格をよく知っておかなきゃいけないみたいな、
そんな時代でしたねえ。

──

お師匠さんについてから独り立ちするまでは、
何年くらいかかったんでしょうか?

山田さん

結局、師匠が退職されるまでは助手でしたから、
14、5年くらいはかかりました。

──

長い!すごいですね。私だったら辞めてしまうかも…

山田さん

そうですか。私はもう、自分の生活でいっぱいいっぱいでしたし、
性格的にも、一度始めたらとことん一所懸命にしてしまうタイプだから、
続けてしまったんだと思いますね。

あと、今は徒弟制度のような雰囲気はなくなったので、
若い子はのびのびしていると思いますよ。

──

そうですか。…では、次に、
実際に髪を結うことについて教えてもらってもよいですか?

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