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──

前回は、「助手時代に『見て真似る』を繰り返しながら、
徐々に仕事を覚えていく」という話で終わりました。
そうしながら次第に「担当」を任されるようになるということでしょうか。

松田さん

そうですね。

──

「担当」を任されると、どこがいちばん変わってくるのでしょう?

松田さん

それはやっぱり、「衣裳を考える」ということと、
主役級の俳優の衣裳の着付けもするということですかね。

──

衣裳を考えるのは、監督からの指示を受けて。

松田さん

そうです。台本をもらったときに打合せがあって、監督から
「今回は派手にしてくれ」とか大まかな指示があるのでね、
それがベースになります。

でも、監督はあまり細かいことはいいません。
こちらが台本をよく読み込んで、役柄に合う衣裳を探して、
衣裳合わせのときに見てもらうわけです。

──

衣裳合わせまでだいたいどのくらいの期間があるんでしょう?

松田さん

2、3週間から1ヶ月ほどですね。

──

その期間に「衣裳を考える」。具体的にどんな作業なんですか?

松田さん

それはもう、とにかく、台本を読むでしょ?
写真の場合だったら、だいたいシーン1から80くらいまであるんやけど、
そのシーンごとにどんな衣裳にするか書き出すんです。

ある俳優がいて、「この人は、シーン1では明るい柄の着物やけど、
暗い話をするシーン20では、衣裳も地味にしよう」とかいう感じでね。

そんなふうに、俳優ごとに「このシーンではこれを着る」と書き記した紙を
衣裳香盤(いしょうこうばん)」というんですけど、
最終的にそれを作るわけですね。

──

なるほど。時代考証とかはするんですか?

松田さん

しますよ。撮影所にはいろいろ資料もそろっていますからね。
でも、たいていの場合は、前回話した衣裳部の先輩方の頭ん中に入っていて、
先輩方の仕事を手伝いながら現場で覚えていく。
今でもあまり、資料を見てうんぬん、ということはしないですね。
頭の中に入っていますから。

──

すごい、時代風俗のデータベースは、頭の中ですか!

松田さん

ははは、そういうことですね。
でも、めずらしい役で有名な人なら家紋が必ずあるから、
どんな紋かを調べるようなことはします。それは必ずやります。

あとね、衣裳を考えるときには、
そのシーンをどんなセットで撮るかも考慮しますね。


衣裳合わせの写真、家紋の“シール”、参考用の美術資料など

──

シーンのセット?

松田さん

そう、極端な例えやけど、
バックが茶色なのに茶色づくしの衣裳を着せたら、俳優が映えんでしょ。
そのセットの中で、いかに違和感なく俳優を引き立てる衣裳にするか。

──

はー、すごいです。それは、美術担当と打合せして?

松田さん

そう。「このシーンの背景はどんなもんでいく?」と尋ねてね。
でもね、どういう衣裳が場面に合うかは、
最終的には勘みたいなもんですねえ。

場面をイメージできるように、現場付きのあいだに、
どれだけ現場を見ておくかということも大事です。
長屋なら長屋のセットを頭にたたき込むんです。

台本を読んだら美術のイメージもだいたいわかるほうが、
衣裳の仕事はしやすいですね。

──

はー、そうですか。美術のイメージまで…。
いろいろなことを考慮して決めていくんですね。

松田さん

そうですね、衣裳倉庫の中を探してまわってね(笑)。

ほら、予算がぎょうさんあるわけではないから、
何でも新しく作るわけにはいかんでしょ。

ある程度はさらで(新しく)作りますけど、あとは「ありもん」と言うて、
倉庫のなかを探して、イメージに合う衣裳を選ぶんです。
さらで作るとき場合や、倉庫にイメージに合うもんがない場合は呉服屋さんに行って、
「こうこうこんな柄を探しているんやけど、あらへんかあ?」
と聞いて、反物を出してもらうんです。

──

注文先は、だいたい決まったお店があるんでしょうか?

松田さん

うん、京都の宇野商店、宮下商店、吉全さん。
だいたい室町界隈にある呉服問屋さんですわ。

──

ちなみに衣裳倉庫って、東映の撮影所のなかに何棟あるんですか?

松田さん

さあ、何棟でしょう。数えたことがないもんねえ(笑)。5つか6つですかねえ。

──

では、衣裳の点数は?

松田さん

そっちのほうがもっと難しい(笑)
「ゴマンとある」とかそういう表現じゃ、すまないでしょうね。

あのね、衣裳はね、どんどんどんどん増えていく一方なんですよ。
絶対に捨てないですから。
血がほとばしるようなシーンで使ったもんでも、
ボロボロに破けたもんでも、捨てないんです。
それを別の写真で使うかもしれへんでしょ。

──

ああ、そうかあ、なるほど。

松田さん

そやし、衣裳が多過ぎて、
たまに私でもどこに何があるのか分からなくなるくらいでね。
衣裳が増えるに連れてぽこぽこ立っていったプレハブの倉庫ですし。
冷房もないでしょ。夏は探すのが暑くて暑くて。
ちゃんと整理してもらわないと困るんですよ。

──

あはは、切実ですね(笑)

──

最終的には松田さんのセンスで衣裳を決めることになるんですか?

松田さん

そうですね、まあ、衣裳合わせのときに監督から
「もう少し派手にしてほしい」と言われる場合もあるので、
最終的には監督の判断によるけどね。

──

衣裳が決まったあとはどうするんですか?

松田さん

衣裳合わせで衣裳を決定したら、そこからが大変なんです。
クランクインするまでだいたい10日くらいかな、
その間に、役者さんに合わせて衣裳を仕立てなきゃいけません。
撮影スケジュールの最初のほうから順々に仕立てていくんです。

まあ、縫うのは、私やないんですけど(笑)
「お願い、たのむわ〜」と言っておいたら、あとは何も言わんでもしてくれる、
大ベテランの縫い子さんたちがいはるんでね。

──

大ベテランの縫い子さんたちですか。

松田さん

そう。長い人で30年くらいは撮影所にいてはるんちゃうかな。
その人たちの手を通して、着物がまた、
新しい作品に使われるわけです。

──

すごい。つまりここにある着物は、
その時代時代に、映画に情熱をかけた俳優たちが袖を通してきたものなんですね。
と同時に、松田さんやそれ以前の衣裳の先輩たちの情熱も詰まっている─。

松田さん

ははは。まあ、そういうことですね。

衣裳を仕立てる縫い子さんたちは、俳優たちが着替える部屋の奥にいた。
「裏で支えている方がたくさんいらっしゃるんですね」と言うと、
「そうよ。私たち、『奥の院』ですからぁ。俳優さんでも私たちのこと知らはらへん人も多いよ」
と朗らかに話す皆さん。
映画全盛期は、山盛りの衣裳で、部屋の畳が埋め尽くされていたそうだ。

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